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2023年3月31日

リズ・トラス前英首相、東大で講演 経済版のNATO構想を訴える

 

 英国のリズ・トラス前首相を招いた講演が2月18日に伊藤国際学術研究センター伊藤謝恩ホールで開催された(主催・東大先端科学技術研究センター)。日英関係の将来とインド太平洋における経済安全保障に関して大国の首相経験者がどのように考えているのかレポートする。(取材・松本雄大、撮影・園田寛志郎

 

 

 トラス氏を迎えるにあたって会場は静かな緊張感に包まれていた。メモを取るためにノートを用意する人や、一言一句聞き逃すまいと真剣な表情をする人などさまざまだ。

 

 本シンポジウムは杉山正和教授(東大先端科学技術研究センター)のウェルカムスピーチからスタートした。先端科学技術研究センター(以下、先端研)の研究は、さまざまな専門分野を取ってきて、組み合わせる「弁当箱」のようなもので、想像も付かないような成果を生み出すことができると語り、先端研の魅力をアピール。最近では経済安全保障分野の研究に力を入れており、社会科学から自然科学に至るまでさまざまな教授たちやステイクホルダーとの対話を通して優れたシステムや政策を導こうとしているとのことだ。

 

 続いて井形彬特任講師(先端研)が登壇し、東大内外から約750人の応募があった本シンポジウムに対する世間の関心の高さを強調するとともに、スピーカー紹介としてブレクジット後に国際貿易大臣としての日英EPAや首相として行った日英関係活動について触れ、トラス氏を会場に迎えた。

 

 

 トラス氏が登壇すると大きな拍手が巻き起こった。トラス氏がShellに勤めていた25年前に初めて日本と関わったことから講演は始まり、ロシアのウクライナ侵攻、日英関係の今後に関する私見にまで及ぶ。

 

 日本はアイディアが渦巻きイノベーションが起こる場所であることを強調し、経済が成長する上で表現の自由や経済的な自由の重要性を主張した。しかし近年、自由主義国家は経済成長があまり見られておらず、その結果国家のイデオロギーとして民主主義ではない方が良いと人々が考えるようになってしまうと懸念を示す。日本や英国のような自由主義国家は、自国の既得権益を打破することでより良い自由や機会を提供できることを世界に見せていかなければならないと断言した。

 

  国際貿易についてはCPTPPへの英国の加盟交渉などに触れつつ、価値観を同じくし、国際ルールを守る「志を同じくする国(like-minded countries)」と貿易面で協力する、経済版NATOのような組織の設立を提案。国際ルールを自国に都合が良いように変更しようとする国を牽制する必要性を述べた。

 

 ロシアのウクライナ侵攻に関してはウクライナがNATOに加盟できていなかったことについて触れ、NATOと太平洋の国々が協力関係を築くことで長期的な解決を見出すべきだと述べる。

 

 「日本と英国は世界において自由な未来を獲得するには欠かせない国であり、特に太平洋に直接的な力を発揮できる日本は世界で信頼される自由の擁護者として重要な役割がある」と強調。独裁的な統治体制を敷く国家が台頭する可能性があるなど自由主義の存続がどうなるか未来はまだ決まっていない以上、自由主義側が踏ん張っていくことを日英の同盟によって可能にする必要があると力強く主張し、講演を終えた。

 

 トラス氏の話し方は非常に抑揚があり、記者は経験したことがないほど引き込まれた。議会政治の本場英国で首相を務めるとはこういうことなのだろう。

 

(左からトラス氏、井形特任講師)

 

 続いてトラス氏と井形特任講師のセッションへと移った。日本が英国から学べることをテーマに、日本の職場が教育を受けた女性のポテンシャルを発揮させられていないことにトラス氏が言及。その点で英国を参考にできると述べた。またセッションでは女性にポテンシャルを発揮させない障害が何であるかを参加者に問いかけ、子育てのために早期退職せざるを得ない職場環境が原因ではないかなど活発な意見交流がなされた。

 

 最後に参加者から質問を受け付けた。外務大臣を経験して首相になるなど共通点がある岸田首相について聞かれると、「国防予算を増やすなど岸田首相の発言はほとんど支持する」と回答。また、再び首相になりたいか聞かれたトラス氏は「一回で十分です」と答えた。大国の首相の重責がどれほどのものか分かる一幕である。

 

 Q&Aを終え、大きな拍手に包まれてシンポジウムは閉会。ウクライナ侵攻など国際情勢の緊迫が続く中、トラス氏の講演は現在我々が享受している自由や平和が当たり前のものではなく、行動を起こす必要があることを聴衆に再認識させたのではないだろうか。

 

運営に携わった学生スタッフのコメント

 

別枝寛仁さん(文Ⅲ・2年)

 

━━英国前首相というVIPを学生中心の運営で迎えるにあたって、無事に終えた感想は

 

 Aセメスターの試験期間中に飛び込んできたビッグニュースに驚きながらも、統括の中川さんを中心に、各自が仕事をきっちりとこなしたことで安心して当日を迎えることができました。

 

 ロジスティクス、同時通訳業者、映像・ポスター制作会社、ホール、東大事務とのやりとり、終了後の東京観光ツアーの計画など、普段経験することのない業務で戸惑うことも多かったですが、無事に終えられて良かったと思います。

 

 われわれ運営チームに全幅の信頼をおいてくださった井形先生にも感謝しています。

 

━━国際政治や経済安全保障に関心がある学生が中心となって運営しているとのことですが、トラス氏の講演を受けて印象に残っていることは

 

 講演の数日前に来日したトラス氏は外務大臣をはじめとする多くの政治家と面会していました。多くの政治家が東大出身であることを背景に「今日、私は将来の日本を動かす存在に向けて講演しているのだ」という言葉で講演が始まったのをよく覚えています。

 

 「国際政治や経済安全保障に関心がある学生」として印象に残っていることとしては、自由や民主主義という価値を共有する国々による「経済版NATO」の実現を訴えていた点です。どうすれば実現するのか、その枠組みで日本はどのような立場をとるべきか学生として考えてみるのはいい思考トレーニングになると思います。

 

 国際社会には、希望だけでなく困難や不信も存在します。しかし、トラス氏もおっしゃったように、そういった市井における思考や議論の積み重ねが、望ましい国際秩序を構築する試みの中で日本としての戦略や意向を世界にさらに発信していくこと、そしてより良い国際社会を構築することにつながっていくのではないかと考えています。

 

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